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犬の前十字靭帯断裂 ― Cruciate Diseaseの理解と治療選択
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前十字靭帯断裂(cranial cruciate ligament rupture: CrCLR)は、犬における後肢跛行の原因として最も一般的な整形外科疾患の一つです。特に中高齢の活動的な犬で、動物の大きさを問わず、高頻度に発生し、飼い主が異常に気づくきっかけとしては、突然の跛行や患肢を挙上する行動などが挙げられます。
本疾患は、膝関節内に存在する前十字靭帯(cranial cruciate ligament: CrCL)の部分的あるいは完全な断裂により、関節の不安定性が生じ、慢性の疼痛や跛行、さらに進行性の変形性関節症(osteoarthritis: OA)を引き起こします。これら一連の病態は、獣医療においてcruciate disease(前十字靭帯疾患)と総称されています。

図:正常な前十字靭帯の走行
右後肢を屈曲させた際の頭側からの観察像
①大腿骨外側顆
②前十字靱帯 前内束帯
③前十字靱帯 後外束帯
④後十字靱帯
⑤内側半月板
⑥外側半月板
⑦長趾伸筋腱
■ 発症の背景と病態
犬のCrCL断裂は、ヒトに多いスポーツ等による外傷性断裂とは異なり、靭帯の変性を基盤として発症することが多く、中高齢や肥満傾向の犬に好発します。日本ではラブラドール・レトリーバーなどの大型犬のほか、柴犬、トイプードル、ヨークシャー・テリアなどの小型犬でも比較的よく見られます。両側性に進行するケースも少なくありません。
断裂の程度(完全断裂・部分断裂)や、内側半月板損傷の有無によって症状の強さや進行速度は大きく異なります。特に半月板損傷を伴うケースでは疼痛がより顕著で、関節内で“クリック音”が聞こえることもあります。
■ 診断と治療のアプローチ
診断は、視診・触診(脛骨前方引き出し試験、脛骨圧迫試験)に加え、X線検査で脛骨の前方変位や fat pad sign の有無を確認します。

図:(➡︎)ファットパットサイン
前十字靱帯断裂により膝関節内に液体が貯留すると、「ファットパッドサイン」と呼ばれるX線画像の不透過性の増加として描出され、診断の手がかりとなる重要な所見となる。
必要に応じて超音波検査や関節鏡を併用し、半月板や滑膜の状態を精査します。

図:脛骨圧迫ストレス撮影
脛骨の前方変位が確認され、前十字靱帯の完全断裂が強く疑われました。この画像所見は、肉眼的にその異常を示すものであり、飼い主様へのインフォームドコンセントの際にも有用です。
治療法には保存療法(内科的管理)と外科療法がありますが、関節の構造的な安定性を回復させるためには、特に中〜大型犬において外科的治療が第一選択となります。
当院では主に「TPLO(脛骨高平部水平化骨切り術)」を標準術式として採用しており、症例によっては「Flo関節外制動術」を選択することもあります。
TPLOは、脛骨近位の傾斜角(tibial plateau angle)を地面に対して水平化することで、前方変移を力学的に抑え、靭帯に依存しない関節安定性を再構築する術式です。従来のように関節をまたぐ人工靭帯や自家組織を使用する方法と比較して、術後の回復が非常に早い点が特徴です。小型犬を含む多くの犬種で良好な成績が報告されています。
■ 術後管理と長期予後
術後管理では、段階的な運動制限とリハビリテーションが重要です。体重管理に加え、関節保護を目的としたサプリメントやNSAIDsの併用が、関節機能の回復と疼痛管理に寄与します。
また、片側のCrCL断裂を経験した犬では、2年半以内に54%が反対側の靭帯を断裂すると報告されており、術後の長期的なモニタリングが推奨されます。
本疾患は、飼い主さんが単なる加齢変化と誤認しやすい後肢跛行の原因のひとつであり、放置された場合には変形性関節症の進行によってQOLの著しい低下を招くおそれがあります。そのため、早期診断および適切な外科的介入が、良好な長期予後の確保において極めて重要です。
当院では、これまでに外科治療として250症例以上のTPLOを実施しており、臨床経験に基づいた安定した術式選択と周術期管理を通じて、個々の症例に適した治療戦略を提供しています。
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