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犬の橈尺骨骨折の理解と治療

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 概要:小型犬に多発する橈尺骨骨折の疫学と特徴


 犬の橈尺骨骨折は、小型〜超小型犬の人気が上昇する日本では、極めて一般的に認められる整形外科疾患です。様々な体格の犬で認められる骨折ですが、前述の小型〜超小型犬(トイ・プードルやイタリアン・グレーハウンドなど)で高頻度に発生します。また、疫学的な報告では1歳未満など若齢での発生が多いことが示されています。さらに、「抱っこから落ちた時」「フローリングで滑った時」「ソファから飛び降りた時」「走っている時」といった日常生活の中で発生することが多いため、飼い主様には生活環境等に配慮していただく必要があります。

 橈尺骨骨折は、橈尺骨遠位1/3での発生が多く、若齢犬の場合には成長板骨折を生じる場合もあります。さらに、橈尺骨遠位1/3には周囲の軟部組織が少ないため、皮膚を損傷し、骨折部分が露出してしまうこと(開放骨折)が稀にあります。

 「なぜ小型犬の橈尺骨遠位1/3でよく骨折が発生するのか」については、完全には解明されてないものの、橈尺骨骨折を起こしにくい犬種(ダックスフント)に比べて、橈尺骨骨折を起こしやすい犬種(トイ・プードル)の橈尺骨遠位では、比較的大きな応力が生じると報告されています。こうした報告からも、国内で人気のある小型〜超小型犬には、橈尺骨骨折を起こしやすいような解剖学的・力学的要因が存在していると考えらます。

  

 

 臨床症状:跛行を主訴とする症例での鑑別ポイント


 日常生活の中でも上述のような場面で前肢を挙上し、激しく痛がるというのが一般的な症状です。そのため、急性の前肢跛行(挙上)を呈する症例に遭遇した際には、橈尺骨骨折を鑑別疾患に加えるべきです。また、稀に開放骨折を生じることから、前腕部の出血の有無や開放創についてもよく観察する必要があります。開放骨折では、早急な感染コントロールが必要となり、緊急性を要します。

 

 

診断の流れと注意点:画像診断・開放骨折のチェック


 整形外科疾患の中でも診断は容易であり、飼い主様の稟告および獣医師による視診等から橈尺骨骨折を疑い、レントゲン検査を行うことで確定診断に至ります。的確に治療を決定するため、レントゲン撮影の際には大きな骨片1つあたりAP像とLateral像を1枚ずつ撮ることが推奨されています(骨片が2つの場合は計4枚)。加えて、骨折部周辺の毛刈りを行い、出血や開放創等の有無を観察し、開放骨折になっているのか確認することが重要になります。さらに、成長期の症例においては、橈尺骨遠位の成長板骨折に起因する橈尺骨の変形などを防ぐために、適切な診断が求められます。

 

 

治療戦略:インプラント選択と適応に基づく整復法の選択


 現在、世界中で手術による骨折の整復術が良好な成績を示しており、本院においてもほとんと全ての症例で、手術によって良好な治療成績が得られています。国内では、下記インプラントを使用した治療が一般的です。

  • プレート+スクリュー

最も一般的な手術法です。小型〜超小型犬においては、橈骨頭側面にプレート+スクリューを設置して治療します(尺骨の固定も行うのは大型犬や猫などのみ)。スクリュー径が橈骨幅の1/3程度のプレートを選択し、骨折を整復・固定します。

  • 創外固定(External Skeletal Fixation:ESF)

橈骨幅の1/4程度のピンを選択し、1骨片あたり最大4本のピンを刺入します。ピンは、ロッドとクランプもしくはエポキシパテなどによって固定します。プレートによる手術に比べてこの方法では術後にこまめな検診や洗浄が必要となります。

  • ピン

成長板骨折(Salter Harris Ⅰ型およびⅡ型)などの場合にクロスピンとして用いることがあります。橈骨への髄内ピンの設置は、橈骨の髄腔が狭いこと、そして手根関節を侵襲する必要があることから、成書においては困難な手法であるとされています。

稀に、保存療法(ギプス固定)で治療される場合があります。しかし、この方法では75%の確率で、変形癒合・癒合遅延・癒合不全や皮膚の損傷など深刻な合併症が発生するとされています。成書においては、小型犬での保存療法(ギプス固定)を禁忌として掲載しています。そのため、保存療法(ギプス固定)は、極めて限られた条件(若い犬・不完全骨折 等)に当てはまる症例においてのみ使用が検討される治療法です。一般的には、治療としての利用よりも、受傷から手術までの期間、骨折部分を安定化させる方法として用いられることが多いです。

橈尺骨骨折の中でも、遠位骨片が極めて小さい場合や開放骨折、成長板骨折、斜骨折などでは適切な治療をすることが困難な症例もいます。その様な場合には、専門的な治療が受けられる診療施設へ紹介する必要があります。

 

 

術後管理と予後:癒合不全リスクと再骨折の予防策


 ほとんどの症例で、手術を受けた骨は数ヶ月かけて癒合します(年齢により期間は異なる)。しかし、抜糸(術後約2週)までに術創を舐めるなどして術創が汚染されると、この通りではありません。骨やインプラントで細菌が増殖し、癒合遅延・癒合不全を起こすことがあります。このような場合、X線検査でインプラント周囲に骨吸収像があるもしくは、排膿や疼痛、跛行を認めることがあります。その際には、追加の治療(抗生剤や再手術)を必要とする場合が少なくありません。そのため、手術直後から抜糸までは、術創を舐めないようにエリザベスカラーを着用してもらう必要があります。加えて、小型〜超小型犬では手首周辺の毛細血管が少ないことが指摘されており、こうした素因も癒合遅延・癒合不全を起こす要因となる場合があり、慎重に経過を追う必要があります。

 基本的に、術後すぐはケージ内で安静にし、ジャンプやダッシュ等で過度な負荷が前脚にかからないように飼い主様にはお願いしています。運動に関しては、術後の診察を通じて、徐々に以前の程度まで戻していきます。

 再骨折の症例や癒合不全を起こした症例では、治療が困難になる場合が少なくありません。そのため、このような状態を防ぐには、飼い主様と動物病院スタッフで徹底した術後管理が必要となります。

 

 

骨折予防のために:院内外で注意すべき生活環境要因


・滑りやすい床(フローリングなど)を避け、滑りにくいマットを敷く
・ソファに登らせない
・ジャンプせずに登り降り可能な段差を用意する
・抱っこから下ろす際は、4つの脚が全てつくまで体から手を離さない
※小型〜超小型犬では、極めて弱い力でも骨折が生じるので、日頃から注意が必要です。
※院内での検査・入院時にも上記の点に気をつける必要があります。

 

 

橈尺骨骨折に対する当院の治療実績と方針



当院では、これまでに橈尺骨骨折に対する外科手術を200症例以上実施しており、犬種・骨折型・年齢に応じたプレート選択および整復法の最適化を行っています。
蓄積された臨床経験に基づき、安定した治療成績と再骨折・癒合不全の予防を重視した周術期管理を徹底しています。

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